フレット楽器の特性

 マンドリン族およびギターはフレット楽器である。フレットがあることで弦を押さえて弾けばその音が出るため、ヴァイオリン族や三味線のように正しい運指と音程を合わせる練習をしなくてもよい。このことによりアマチュアが取り組みやすい楽器となっているが、逆に音楽の大切な要素であるメロディーやハーモニーのベースである音程を気にしないことになりやすい。

フレット位置と音程
 フレット楽器のフレット位置は通常平均律(十二平均律)から割り出されている。平均律は転調をした場合にも、そのままの調弦で同様の音程を保てるので便利である。隣り合っている音は2の12分の1乗であり、理論的に短三度や長六度では純正律に比較して0.9%程度の誤差が発生する。管楽器やフレットのない弦楽器ではこれを調整しながら演奏する、いわゆる良いイントネーションを追求することが技術の一つであり、常に音程と和弦など他の楽器の響きに耳を傾けなければいけない。ただし、純正律のように完全な和音が美しいという事でもなく、全弦ユニゾンにおける多少の揺らぎは音楽的な味ともいえ、ヴィブラートも音楽的に要求される訳だが、フレット楽器の場合はピアノやハープなどと同様に通常は調弦をしっかりしておくことでしか対応できない。
 ただし、十分に訓練されていないオーケストラでイントネーションの悪い演奏を聴くことがあるが、マンドリンオーケストラはその点で音程が大きくずれることは無いので聞きやすいという人もいる。最近はチューナーを使う事が多いが、慣れてきたら耳で聞いて合わせるようにする。なお、ハーモニックスで合わせる場合は純正律の音となる。
音程に関しては和音の響きやメロディーの美しさを感じられるように演奏すること。チューニングは自分の耳で行って、チューナーは確認の意味で使うのが良い。

マンドリン系とヴァイオリン系の発音の違い

 音程は音楽をする上で重要だが、ヴァイオリンなどフレットの無い楽器の場合、一発で正しい音程ポイントを押さえられるプレーヤーはいないという。ヴァイオリニストで教師であったカール・フ レッシュは「ヴァイオリン演奏の技法 上巻」(音楽之友社)で、次のように述べている。「演奏家 は音を出した瞬間にすばやく自分の出した音を聞き取り、音程の高低を察知し、違っ ていたら聴衆に気づかれる前に修正を完了させる」このためオーケストラでの音の発生は多少遅れるのかもしれない。特にコントラバスでは弓が弦を弾いてから発音するまで若干の時間がかかる。マンドリン族の楽器の場合は音程の調整はほとんど不可能で、すぐに音が出る。ただしマンドリン属でも低音のマンドローネやマンドロンチェロは発音が若干遅れる。コントラバスや打楽器関係で通常のオーケストラに慣れている奏者はマンドリン合奏では若干早めに音を出す必要がある。調整する時間的余裕はないので、使える音程にはハーモニックス(フラジオレット)を使うこともいいようだ。

平均律とフレット

 理論的な寸法に正しくフレットが打ち込まれていることが平均律として正しい音を発生する基本だが、実際には駒の位置、調弦の正確さ、弦の浮きや張力のバラツキなどによりずれが生じる。また、フレットを押さえると音は高くなり、弦の張力に応じて駒(サドル)の高さ、フレット位置などを設定し、サドルやナット部分に補正を加えることもある。マンドリンではサドルの段差、ギターではストリングピロー(第一フレットの寸法を減らすためのナット部分のパーツ)などを見ることがある。ギターの場合、ナイロン弦よりも子羊の腸から作った本来のガット弦の方が音の狂いは少ないといわれている。
  経年劣化による表面板のへこみ、ネックの反り、弦巻への巻き方などによっても音程は変化する。演奏中であっても温度の変化、弦のゆるみなどで音程は変わるので注意が必要である。楽器によっては第一フレットやハイポジションの場合に当初から音程のずれているのが認められる。フレット楽器であるマンドリン族やギターは演奏中に音程を調整することはほとんど不可能なため、楽器の選択と調整が欠かせない。

 

オクターブピッチ

 オクターブピッチは12フレットでのハーモニックス音に押弦のピッチを合せることをいい、ブリッジの位置がずれていると音程が合わなくなる。弦を張り替えるときなど、時々は開放弦でのチューニングだけではなくオクターブピッチを確認する。エレキギターではチューンオーマチック・タイプのブリッジやストラトキャスターがついているものなど1弦ごとに調整できるが、ボールバックのマンドリンはブリッジの位置での調整となる。普段弾いていて特にハイポジションでの音が合わない場合はブリッジが動いている可能性がある。また、弦の種類を変えた場合、弦によってはブリッジを作り直す必要がある。力木・ブリッジ・ナットを参照下さい。

平均律での音程の改良

 調律は平均律だけでなく中全音律など古典調律もあり、電子楽器では各種の調律を使うことの出来る楽器が増えている。フレット楽器の音程を純正律に近づけたり、弦による違いを平準化する試みはいくつか見られる。半音の音程が一定でない音律では、各弦に対するフレット間隔が揃わず、直線のフレットを用いるには不都合だが、写真の例はアルモニア(現仙台マンドリンクラブ)の初期に“ピタゴラス平均律フレッチング”をもとにしたギターを宮本金八が製作し、小倉俊が当時演奏会に使用していた。
 

 中全音律は西洋音楽の代表的な音律の一つでミーントーンとも呼ばれる。15~19世紀に主に鍵盤楽器の調律で広く使用されたが、この調律をギター製作家の田中清人が依頼を受けて1/16ミーントーンで制作したギターがある。グスタフ・マーラーは、ミーントーンの調律がされなくなったことは西洋音楽にとって大きな損失だと嘆いている。平均律や古典調律などの各種調律に関しては専門書を参照されたい。

また、ギターメーカーフジゲンが開発したサークルフレッティングシステムというのがある。これは、すべての弦がフレットと直交し、0フレットからの距離がどの弦も同じ長さになるスペックのスケール値を持っている。

 

 ナルシス・イエペスが考案した10弦ギターは平均律による倍音の乏しい半音階を補強することで、豊かな音になるよう工夫されている。しかし不必要な倍音を止める作業が入り、演奏法は複雑になる。

ストリングピローに関しては「マンドリンの構造と各部機能」の中の「力木・ブリッジ・ナット」からストリングピローを参照。 基準音程と音程の劣化

画像はベトナム・ホーチミンの演奏家。楽器はベトナムカスタネットのソングロアン、四角いギターのダン・トゥ、16弦琴のダン・チャイン、それに1弦琴のダン・バウ。