現在のラウンド(ボール)バックのマンドリンは1835年頃ナポリの弦楽器製作者パスクアーレ・ビナッチャ( Pasquale Vinaccia )により考案された。その特徴は従来のマンドリンに比較してボディの容量を増やすことで表板とボディの共鳴効果を上げ、金属の複弦と機械式弦巻きにより音量を増やし、指板を表板の上までのばして高音が弾けるようにしたことなどであった。その後もいろいろな試みや改良が加えられている。但しボディの容量を増やしたことにより立って演奏することが困難となった。イタリアのU.オルランディ氏など何人かは立って演奏している。YOUTUBEはU.オルランディ氏演奏のヴィヴァルディマンドリン協奏曲の例。(図は A History of Mandolin Construction より)
弦長(Scale
length)は上駒(ナット)から下駒(ブリッジ)までの長さで、この寸法を元に楽器が設計され、修理や調整時の基準となる重要な寸法である。現在のヴァイオリンやチェロでは標準化されていて、ヴァイオリンでは325mmヴィオロンチェロは695mmである。しかしながら、マンドリンの大きさは現在でも弦長325mmから358mm程度と楽器により異なっている。カラーチェのクラシコBや鈴木マンドリンの
弦長は336mm、野口 SA 345mm、大野OM1 340mm OM2 335mm。また、フラットマンドリンの代表であるギブソンはAモデルが358mm(14 1/8インチ)、F5モデルは352mm(13 7/8インチ)が規格となっている。
また各種の弦が販売されているが、それぞれの楽器のスケール長に適した正しい弦の選択が必要となる。具体的には弦のゲージ(太さ)、材質、表面処理、ワウンド弦の場合はその種類、基準音程で楽器に張った場合の張力や音質などを確認し、奏者の弾き方や好みによって選択する。(ピックと弦参照)
マンドリンの材料は各種の木材が使われている。木材は時間とともに乾燥し収縮する。木材の種類と木目方向の縦横で収縮率が異なる。このため一定の湿度の場所で乾燥させ、安定させてから楽器の材料としている。一般的に米国では木材の水分量を6~8%、欧州では12~15%になるまで乾燥させている。ホットプレスで熱を加えた乾燥で5年から10年、自然乾燥では10年から30年寝かせる。なおホットプレスなどの人工乾燥の場合は変形を早く吸収できるが、木の脂分が抜け耐久性が落ちる。自然乾燥は湿気や虫などにも強いという。代々楽器を製作しているイタリアの工房では100年前の素材もあるそうだ。同じ木材でも中心の赤味部分より周辺の白太(しらた)は水分量が多いため、通常は使われないが十分乾燥させる必要がある。参考までにイタリアのパレルモと東京の気候差は下記のようである。
日本とイタリアの気候
イタリアのパレルモ
7月の平均気温25.6度 降水量 6.0mm
1月の平均気温10.3度 降水量 141.0mm
東京
7月の平均気温25.8度 降水量 154.0mm
1月の平均気温6.1度 降水量 52.3mm
これは2015,2016年頃のデータだが、ここ数年、温暖化により平均気温は上昇しており、東京の2018年7月の平均気温は28.3度であり、楽器にとって厳しい気象条件となっている。
楽器に適切な環境は湿度40%~50%、温度20~25度程度であり、日本の太平洋岸では夏は高温多湿、冬は乾燥しており、ほぼ年間にわたって温湿度管理が必要である。保管の場合は湿度計のあるハードケースに入れ、湿度調整剤などにより調整する。そして週に数回は弾くことが良い。ヨーロッパの演奏家は梅雨時には日本に来たがらないし、もし来るときは「最も良い楽器は持ってこない」という。乾燥や熱によりネックのそり、フレットのバリ、ブレイス(力木)剥がれ、塗装の割れなどが発生する。マンドリンは色々な樹木や素材で作られていて、部品点数も多い。また弦張力が高いため不具合が出やすい。使っていて特に問題が無いと思っても年に一度は信頼できる工房でチェックしてもらうのが良い
膠による接着
木の接着には伝統的に膠が使われているが、最近はタイトボンド(米フランクリン社)なども使われるようになっている。この接着剤は膠よりも耐熱温度が高く日本の気候に合っていると言われる。
膠は、古来から使われてきた牛や鹿など動物の皮革や骨髄から採られる糊であり、溶解温度は60度から70度。40度以上で軟化する。このため楽器などで修理の必要な場合は熱を加えて必要な部分をはがすことができる。接着の際の水と膠との配合比率や圧締圧力や圧締時間によっても接着力に大きな差がでる。なお耐水性、耐湿性の向上にはホルマリンを使っている。膠の耐久性は60~70年といわれている。
楽器を熱いところに置いておくのは避けなければならない。夏の暑い時期に車の中などに置いておくと膠が軟化しはがれることがある。また、冬の室内でストーブを使っているところに置いておくと、乾燥のため楽器が割れる恐れがある。
マンドリンに使用されている木材は多岐にわたるが、音質や耐久性に影響を与えるのは使われている樹種だけでなく、木の生育環境や木取りなど多くの要因がある。すなわちその木の育った場所がどこの産地(国・地域)でどのような土や温湿度、風や雪などの気候風土なのか、山の南面、北面、頂上付近、それとも平地なのか、間伐材などの管理は行われているのか、伐採したときの樹齢や幹の太さ、楽器に利用している部分は中心部の赤味か周辺の白太(しらた)も使っているのか、木取りは中心部を通した芯材、芯を外した芯去り材、柾目と板目の木取りなど。楽器の材料としては標高1200m以上の山林に成長し、北側斜面に生えているものが重用される。それは生育が遅いため目が詰んでいて強度もあるため。また伐採時期は原木の劣化が進まないため冬が良い。20度を越えると原木の劣化が早くなるという。最近は良質の木材が手に入りにくくなっているため、本来の樹木に似た素材を利用したり、塗装で良質の木材に見せかける事などもあるようだ。
ヴァイオリンで名器と言われるアマティ、ストラディヴァリ、ガルネリなどは1650年から 1750年頃に製作されている。これは材料や製作方法の良さもあるが、200年から300年使い込むことにより、木材の変化したことが挙げられる。木材の主成分であるセルロースは伐採後、徐々に崩壊していくと同時に結晶領域が増加する。このため響きがよくなる。また、セルロースの結晶領域には水分が入り込めないため結晶領域の増えた古材の方が新材よりも吸湿性が低くなり周囲の湿度の影響を受けにくくなる。
20世紀後半から現在に至る最も偉大なヴァイオリニストの一人として知られているイツァーク・パールマン( Itzhak Perlman )はストラディバリ 1714年モデル"Soil" を使っている。五嶋みどりは社団法人林原共済会から貸与され、 1992年~2000年には アントニオ・ストラディバリ “ジュピター”1722年製を、2001年からはグァルネリ・デル・ジェス “エクス・フーベルマン”1734年製を使用している。
マンドリンの例ではオーストラリアのマリッサ・キャロルが1920年代初期のリヨン&ヒーリーのフラットマンドリン、ドイツのクラウスクノール Klaus-Knorr のボールバックマンドリン等を使用。イスラエルのアヴィ・アヴィタルはイスラエルの弦楽器製作者アリック・カーマン Arik Kerman によって作られたフラットマンドリン(1998年製)を使用(図)。弦はトマスティークの154ミディアムという。(いずれも2020年現在)マンドリンはパスクアーレ・ビナッチャが改良した1835年以降であり、200年も経過していない。
なお、アヴィ・アヴィタルはマンドリンの楽器に関して「マンドリンの進化は18世紀のある時点で止まり、多くの作曲家がいなかったため、技術と楽器の大きな進化はありませんでした。私はマンドリンのために100以上の新しいピースを注文しました、そしてこれがすでに楽器の歴史を動かし始めていることを願っています」楽器の進歩は演奏者、作曲家、楽器製作者の技術向上が必要だと述べている。
なお、2020年に吉元煌貴氏がマンドリン奏者石橋敬三氏の意見を取り入れて製作したフラットマンドリンがある。弦長はやや長く音程が安定して、音のボリュームがあり、サスティンが長いという。
乾燥による変形には種類があり製材の木取りの仕方、成育時の内部応力、年輪の幅などの要因によって、変形の形はさまざまなものとなる。 木口面での変形は、木取りとの関係から見るとおおよそ図に示すような変形が出てくる。
変形の形状は、幅反り、縦反り、ねじれ、弓反りなどに分けられ、それぞれの名称がつけられている。(図はものつくり大学 ものつくり研究情報センター「大工木工技能」より)左から木取り 幅反り ねじれ 縦反り 弓反り (マンドリンの各部材料・表板へ)