力木(ブレイス、バスパー)の配置をブレイシング(bracing)と呼び、表板の裏に貼ってある補強の骨組みのこと。この骨組みは表板がゆがまないように補強するとともに音を伝達する役割や部分的に振動を抑制する機能があり、力木(ブレイス)の組み方や形状、精度、貼る時の強度などによって音程による音の強さや音質などに影響する。ブレイスの材料は表板と同様のスプルースが多いが、マホガニーやセダーもあるようだ。なお、オールド楽器のブレイスなど内部の加工が雑だ。日本では見えないところも丁寧に作るがイタリアは感覚が違うようだ。
この力木は表板の裏にあるので普段気にしないが、数十年使っていると剥がれることが多い。時々は工房でチェックする必要がある。
ブレイシング
ラウンド(ボール)バックマンドリンのブレイシングは主にラダー(はしご)型と呼ばれるタイプで、サウンドホールの上下と折り山の近くに1本の計3本が平行して貼られているのが一般的。サウンドホールの脇のバーやセンターシームも音に影響する。脇のバーがあるのは表面板の凹みを抑制出来る。(写真左はエンベルガーのもので3本の力木が斜めに貼られている)
名古屋のマンドリン製作・演奏家の吉元煌貴氏などが力木の配置のためにサウンドホールを低音側にずらしたボールバックマンドリンを製作している。
力木の形状
力木には直線的なものと波状に加工したものがあり、波状の力木をスキャロップドブレイシング※と呼びギターでは良く使われている。これは力木の強度を落とさず軽量化したもので軽い振動でも良く響く。このため高音域が強調され、クリアなサウンドになる。ノンスキャロップの場合は太めの音で低音域が強調される。図はアコースティックギターのノンスキャロップドブレイシング(左)とスキャロップドブレイシング(右)。吉元や落合マンドリンはスキャロプドタイプのようだ。
※scallop(帆立貝)ギターではエアリーブレーシングといってブレースに複数の穴を空けることで軽量化しているタイプもある。
中央部分を高く(太く)しているもの、低音側などの一部を高くしたものもある。弦の振動を駒で受けて、なるべく大きい面積に音を伝えようとすると駒が乗る部分は厚いほうが、より広い面積に音を伝えることが出来、またマンドリンの強い弦張力による駒の圧力に耐えることが出来る。ヴァイオリンやヴィオロンチェロなどで表板の中央部分が厚くなっているのは、そういった理由による。マンドリンは表板がフラットなので力木の中央を厚くすることは弦の振動を伝える役割として効果的だと思われる。(図:左がG線の低音側)
フラットマンドリンの表板は1枚(単板)で、センターシームや折り山はない。表板のサウンドホールがF型か楕円型かにより異なるが、ブレイシングはX型またはハの字型、はしご型(井型)、一本だけのもの、などがある。X型ブレイシングはスチール弦の高い張力に対応するためという。ギターでは底板にもブレイシングがあるが、フラットマンドリンの底板にはブレイシングはない。
幅広い音程に応じて表板やボディがバランス良く共振するのが楽器としての理想だが、実際には表板の厚さや大きさ、力木の形状などにより振動特性が変化する。
次の例は米国のピーター・クーム氏の研究によるフラットバックマンドリンの音程による共振の状況を調べたもの。表板の材料はスプルース、X型ブレイシングの有無、発生させる周波数の位置とおがくずの動きによって表板の共振を調べている。同じく米国のデイヴィッド・コーエン氏はホログラフィックを使った分析を行っている。
楽器によっては特定の音が強かったり弱かったりする場合がある。これは楽器のサイズ、力木の配置を含む楽器の設計により特定周波数に共振することが原因。
オーディオスピーカーでの高級品と呼ばれるものは幅広い音域にバランス良く音が出るように設計されている。廉価なスピーカーでは低音を強調したり、一定以上の高音をカットする事などで価格を抑えている。
ブリッジ(駒)は弦の振動を表板やボディに伝える役目をもつ。また奏者の好みに応じて弦高を設定する。
ギターやウクレレの駒は表板に接着されているが、ヴァイオリンやマンドリン属は接着されていないフローティング方式をとっている。マンドリンはフレットがあるため、ブリッジの位置を正確にしないと音程が狂う。特にハイポジションの音程のずれが目立ちやすいので12フレットでのハーモニックスと押弦の音(オクターブピッチ)を、弦を交換したときなどにチューナーで時々チェックする。表板やブレイシングの状態によっては年月の経過に伴い表板が凹むなど変形することがある。また弦の張力によりブリッジの両サイドが浮くと、弦の振動を表板やボディに確実に伝達できなくなる。小さなブリッジは音が出やすいのだが、表板が凹みやすい。長期間の使用でブリッジ下の表板がへこみ、正しい位置にブリッジを定置できず音程が狂うこともある。この場合は大きめのブリッジに換えるなどの対策をとる。なお、大きな(長い)ブリッジは表板と密着させるのに短いブリッジより技術が必要となる。表板との擦り合わせがしっかり出来ていることで弦の振動を効率良く表板やボディに伝えることが出来る。
ブリッジの材料は土台が黒檀(エボニー)、縞黒檀、ハカランダ(ブラジリアンローズウッド)、ローズウッド(紫檀)などで作られている。サドルは牛骨、象牙、プラスチックなど。駒は使われている弦の種類と関連性が大きく、各弦の張力や張力のバランスは音の出方に影響する。(本)黒檀はカキノキ科系木材の総称で、堅くて重い材料。エボニー ( ebony ) 、カマゴン、ウブンボク(烏文木)、ウボク(烏木)、クロキ(黒木)とも呼ばれる。黒檀として使われるのは中心部分だが、生育は非常に遅く、直径18センチまで育つのに、約200年かかると言われている。なお、ゴルフのドライバーヘッドに使われていたパーシモンは黒檀ではなく、主にアメリカミシシッピ川流域の柿の木を加工したもので、木目が美しく非常に硬い材質のためボールに対する反発力が高く、クラブのヘッドに重宝された素材だが、現在はほとんどがチタン製に切り替わっている。
黒檀の種類
色合によって本黒檀(マグロ)、縞黒檀(スリーキーエボニー)、青黒檀(グリーンエボニー)、斑入黒檀(マーブル・ゼブラエボニー)の四種類に分類される。本黒檀は導管も小さく繊維の詰まり具合が密で真っ黒からやや細かい縞杢をもつ。内部損失が少なく弦の振動エネルギーを効率よく表板に伝える。西アフリカや東南アジア産だが現在、大きな材は流通していない為、新たな入手は困難となっている。縞黒檀は黒色と淡赤色の帯が交互に配列して縞柄をつくっている素材で、ガット弦に合っていると言われる。縞黒檀は黒檀に比べ、やや軽く鈍い反応、インドネシアの港湾都市マカッサルから多く出荷されることからマッカーサーエボニーとも呼ばれる。青黒檀はタイの中部から北部で産出するが、1973年以降保護樹林となり入荷していない。(黒檀の種類は指板を参照)
ローズウッドのブリッジ
ハカランダは縞黒檀よりも軽く硬い反応、一般的なローズウッドはさらに内部損失が大きく、反応が鈍い。
ブリッジ(駒)は歴史的にいろいろな形状や材質のものが考案されてきた。
写真左上のブリッジはイル・グロボ(Il
Globo)と呼ばれる古いナポリ式のマンドリン用ブリッジで黒檀やローズウッドで作られた。長さ100mm、高さ10~15mm厚さ5~6mm程度。底面がごくわずか湾曲していて、弦の圧力により表板にフィットするようになっている。表面板とブリッジ底面の擦り合わせは時間がかかる作業で購入の際には良く確認するとよい。右上は鈴木マンドリンの例でシャープなサドルトップとシンプルな構造を持っている。長さは120mm、高さは10~15mm厚さ6mm、サドルは50mm程度。左下は同じくナポリ式のストリデンテ(
Stridente )と呼ばれるブリッジで、長さは120mm、高さは10~15mm厚さ5mm。右下はシルベストリー( Silvestri )幅120mm 高さ15~20mm、厚さ5mm サドルは牛骨50mm~55mm幅 高さは8~15mmでの高さ調節可能、このブリッジも底面はやや湾曲して表板にフィットするようになっている。また必要に応じて弦溝を切ることが出来る。( Dave Hynds
Mandolin Luthier より)
弦交換とブリッジ
新しく弦を張るとサドル(骨棒)の上に弦が盛り上がって乗っているが、時間とともに弦はきれいに折られ、ピッチが下がって安定してくる。調弦によりサドルは削られるため、時々点検が必要である。音程が安定せず調弦しにくい原因はナットの弦溝かサドルの接点に問題がある場合が多い。
弦張力が不均一な場合は押弦により音程がばらつく。また張る弦の太さが太くなるほど押さえたときに音が高くなる傾向もある。この対応に、サドルのピークを削ってずらして調整する。
日本で多く使われているオプティマ弦はA線(2弦)の張力が低いので押弦によって音程が上がる。このためサドル(骨棒)のピークを少し下げている。落合SSではオプティマ弦用 及びトーマスティーク弦用の2種類の駒を用意している。また、イケガクではカラーチェの楽器にオプティマ用と思われる交換用の駒を用意している。自分の使っている弦の張力に合ったブリッジを選択することでピッチが合う。
現在日本で売られているマンドリンのブリッジは下の図のように1弦(E線)を基準にするとA線は3mm、Dは1mm、Gは2mmほどピークを下げているのが多いようだ。(ピックと弦参照)
エレキギターでは弦張力の差などに対応して弦長を調製することが出来るようになっている。また、ギブソンなどフラットマンドリンのブリッジは高さの調整が可能なようになっている。
マンドリンでの弦長の調整は使用する弦に合せて、ブリッジを作らなければならない。
三味線の場合は小唄、地唄、弱音用などの用途ごとに各種の形状の駒があり、また材料も象牙、牛骨、水牛、黒水牛、竹、煤竹(すすだけ)、紅木(こうき)など多くの種類がある。特に地歌ではその日の天候や曲の雰囲気、皮の張り具合などによって多くの駒を使い分けている。
マンドリンの場合もソロで弾く曲は重音なども多く、セーハするためには弦高の低い方が良いが、合奏で使う場合はフォルテを出してもビリつかないよう、高めのブリッジがいいだろう。
サドルの材質
サドル(骨棒)は弦の振動を直接受け、ブリッジを通して表板に伝えるとともに弦の高さを調整する役割を持つ。骨棒の無いタイプは材料である黒檀やローズウッドが弦と直に接する。一般的にサドルはナットとともに牛骨が多く使われているが、安価な楽器ではプラスチックも使われる。牛骨はプラスチックより音のアタックとサステイン(持続)が良い。牛骨には漂白したものとしていないものがある。漂白したものは白くてきれいだがトーンがやや落ちる。
サドルの材質が硬い牛骨か象牙でも長期間使うと調弦などにより磨耗し、接点がくずれて来る。これを防ぐため牛骨をオイルに漬けて滑らかにしたタイプもある。音色は堅すぎず柔らかすぎない適度な音色と言われる。サドル先端の形は一般にナイフエッジに近い尖ったほうがクリアな音が出る。それに対して丸い形状の駒は摩耗には強いが、弦の振れにしたがって接点が移動し、複雑な倍音が出やすい。一般的にサドルのトップは1.5~3.0mm程度が適切なようだ。
弦高と音程
弦高は低ければ弾き易く音程も安定するが、強いタッチで音がビリつきやすくなる。弦高が高い場合は押弦によりピッチが上がる。従って、自分のタッチに合った弦高であることが大切。宮野のマンドラやマンドロンチェロのブリッジは弦暴れを防ぐため弦に応じてサドルを高くしたことで、段差になっている。また押弦によりピッチが上がることを考慮してG線などのサドル位置を下げている。図は宮野マンドラMD3のブリッジ。この形状は丹下式の段平ブリッジ」と呼ぶようだ。
0フレットともいい、ネックの上の弦止まりのこと。ナットは弦の振動を受け、ネックに伝える役目を持っている。ナットは開放弦だけでなく押弦した場合でも音質に影響する。ナットからストリングポストの間が振動するようではネックへの振動が逃げてしまっている。
ナットの材料
材料はマンドリンの場合、牛骨が主に使われている。牛骨も漂白したものやオイル漬けにしたものがある。漂白したものは白くてきれいだが高音がやや強調される。オイル漬けナットは調弦によるナットの摩耗を防ぐことが出来るが、音はマイルドになる。
ギターのナットでは象牙や人工象牙のタスク( TUSQ )やミカータ、ブラス(真鍮)、人工大理石のコーリアン、カーボン、エンジニアプラスチックのジュラコン( POM )などがある。象牙は硬度がありサスティンも良い。
ナットの調整
弦を変えた場合に弦のゲージ(太さ)が変わる。太くなる場合には糸溝を削れば良いが、細くなる場合はナットを取り替える事になりやすい。ナットを取り替える場合はナットと糸溝の調整など高精度の加工が必要になるため、技術の高い工房に依頼するのが良い。糸道加工の深さや広さが不適切だと音がつまったり雑音が出たりする。また調弦が狂いやすくなる。
弦高調整はブリッジとともにナットでも行うのだが、奏者の体力や弾き方の癖に合っていないと弾きやすさだけでなく、健康を損ねる元ともなる。
フレット楽器での音程調整はブリッジの位置とサドル調製によって12フレットでの音程をハーモニックスの音程と合わせ、正確にすることが出来る。しかしながらこのオクターブピッチが正確になっても第一フレットやローポジションでは音程が上がる傾向は残る。クラシックギターのナイロン弦や芯がシルクやナイロンを使った柔らかい弦ではナット端やフレット端、サドル端まで弦は振動するのだがスチール弦は剛性が高いために弦の振動は押さえた位置からサドル端までの長さよりもやや短くしか振動しにくい。つまり実効弦長は物理的な弦長よりも短くなるのがその原因。また第1フレットは押弦によって張力がかかるため音がシャープに(高く)なる。弦高を下げるとこの傾向が抑えられるが、通常は1フレットに合わせて弦の張力を下げて合わせる。そうすると逆に開放弦が低くなってしまう。これを防ぐためにストリングピローというパーツを付加することがある。
ストリングピロー
ミネハラではアコースティックギター用およびフラットマンドリン用のストリングピローなどがあり、サウンドオフセットナットと呼んでいる。マンドリン用の素材はボーン(牛骨)で補正量は0.5mm~1.0mm程度となっている。
ミネハラの説明では「弦毎に、弦のゲージにあわせてナット位置を最良の値にシフトし、さらに
12フレットの完全オクターブ調整を行いますので、ナットに近いローポジションでも、12フレット前後のハイポジションでも、フレットを押さえたことによって、音がシャープになってしまう事がなくなり、全てのポジションで完璧な平均律の音律が得られます」とある。マンドリンでは弦張力が高いため影響は少ないと言われるが2弦と4弦の狂いは大きいようだ。
(ボディ へ)