オーケストラや吹奏楽用、合唱用には和声学、対位法、指揮法など音楽の専門書が多く出版されているが、マンドリン関係では初心者向けの教則本、ギター伴奏の曲集、合奏では一部の編曲集や邦人作品などが出版されている程度である。一般的な教則本であるオデルの「上級編」(第3部、4部)は2005年に絶版となったが、その後復活しているのは必要とする奏者が増えたと言うことだろう。
オデルやムニエルの教則本は出版が1900年前後だから古典派の曲には良いようだが、初級本の内容は半分ぐらいがハ長調で、あとは#3つ、♭は1つのヘ長調まで。ポジションは第1ポジションのみ、と初心者向きとなっている。これはピアノでのバイエル教則本と同様といえる。合奏に参加するにはオデルでいえば3巻まで終了している事は必要だろう。ただし、上級編でも#4つ、♭3つまでしかない。最近の曲はポピュラー曲でもリズムやコードは複雑になっていて、オデルを学んだだけでは新しい曲では戸惑うことが多いと思われる。ムニエルの教則本はあまり一般化していない。これはオデルに比較して難易度が高いためと思われる。
しかしながら大学以後から始めるとなるとなかなか上達しないので合奏しながら、各自が基礎練習をする必要がある。ピアノの教本で「ハノン」があるが、マンドリンでもこのような練習をすべきだろう。基本は「音階練習」いわゆるドレミファソファミレドだが、これをハ長調、ト長調、ニ長調とすべての調性に関して練習する。吹奏楽では全調性ができるまで基礎練習として3ヶ月程度、毎日練習するそうだ。
マンドリンの教則本
1910年前後に比留間賢八編 (共益商社、1910)や、高浜孝一著のマンドリン教本が出版されている。
左は米国音楽出版のパイオニアOLIVER DITSON社発行 Herbert Forest Odell 編のオデルマンドリン教則本(1~4巻) 1906年発行 64P
右は全音出版社昭和26年(1951年)発行 伊藤翁介編のオデルマンドリン教則本 87ページ
伊藤翁介によれば「本書は出来るだけ原著に忠実に、しかも平易に訳すように心がけましたが、明らかな誤植と思われる個所だけは修正しました。尚、音楽の基本的原則(楽典)の項は原著の説明が不充分と思われますので、相当に補足いたしました」とある。
ヴァイオリンやヴィオロンチェロは総ての調性の練習がある。同じ撥弦楽器であるバラライカの教則本(ШКОЛА ИГРЫ НА БАЛАЛАЙКЕ 1987)には全ての調性(♭5つ、#6つまで)の音階練習が載っている。
ギターの教則本「タルレガギター教則本」も同じく♭5つ、#6つまでの長調、短調のスケール練習が載っている。
マンドリンの演奏会でも時々聞かれるチャイコフスキーのスラブ行進曲は♭5つだし、ムソルグスキーの展覧会の絵は3曲目のテュイルリーの庭が#5つ、6曲目のサムエル・ゴールデンベルクとシュムイレが♭5つだ。鈴木静一の黎明序曲も後半#5つ。米津玄師のLemonは#5つと♭4つだがマンドリン用の編曲では転調している。2020年応援歌のパプリカは転調してから♭6つとなっている。
調性
通常作曲家、特にクラシックの作曲家は調性を決めて作曲する。現在は平均律が一般的なので調性を気にしないこともあるが。調性には性格があると言われる。ピアノではキーの配列からハ長調またはイ短調が基本となっている。マンドリンはソ(G)レ(D)ラ(A)ミ(E)の5度間隔で調弦されているので低音のソを弾くとレラミも共振して響くので豊かな音となる。このためト長調、ニ長調、イ長調などが良く響き弾きやすい調性でもある。チェロはド(C)ソ(G)レ(D)ラ(A)なのでハ長調が基本に入って来る。色で言うとハ長調は白、ト長調は青、ニ長調は緑などに例えられ、明るい、澄んだ、鮮やかな印象を与える。
管楽器の場合はB♭、F、E♭など♭系の楽器が多い。音楽は明るい曲ばかりではなく、悲しい、暗い曲もある。オーケストラの作曲家はそれらを考えて調性を決めていると考えられる。
和声学
和声学に関しては横浜マンドリン倶楽部時代から指揮者をやっていてその後、横浜交響楽団を創設した小舟幸次郎が「ギター和声学」を昭和40年(1965年)に全音楽譜から出版している。マンドリンアンサンブルではギターがあるので親しみやすいし、ギターがあれば音を確認しながら学ぶことが出来るが、残念ながら絶版となっている。大学の図書館か国会図書館で閲覧することはできる。目次は和音の前提、和音の形態と性格、和音の働き、和音の連結、転調、変化和音、転化和音、和音の特定連結、非和声音。
一般的に使われ、赤本ともいわれている音楽之友社発行の「和声 理論と実習」があり、実習できるようになっている。和声の知識は合奏の指揮、編曲をする場合に必要となる。この本は3巻に分かれていて1巻が25回の講習により1年間で学習するのが標準的。3巻を3年で修了するようになっている。
マンドリン合奏に関する図書は武井守成による「マンドリン・ギター及其オーケストラ」、オデルの「マンドリンオーケストラ」(1913年発行)、また「マエストロの肖像 : 菅原明朗評論集」(菅原明朗著 ; 松下鈞編 大空社発行)の中に「管弦楽よりアレンジされたるマンドリン合奏楽に関して;マンドリン合奏の楽器編成;マンドリン合奏に表現困難なる音楽形式」などが書かれている。
マンドリン作曲家の甲田弘志氏が長年にわたって考えてこられたマンドリンオーケストレーションの一部をWeb上にMOM(マンドリン オーケストレーションメソッド)として、言及している。
マンドリンの楽譜
マンドリン合奏曲の出版は少ないため、一般の楽器店にはほとんど置いていない。手に入れるにはマンドリンの専門店で購入、マンドリンアンサンブル・オーケストラなど他の団体の手持ち楽譜を借りる。現代作曲家の作品であれば作曲者に直接問い合わせる。ヨーロッパの楽譜であれば保管楽譜425,000曲というIMSLP(International Music Score Library Project 国際楽譜ライブラリープロジェクト)や、vp music mediaで検索するなどによって手に入れる。カラーチェの曲に関してはOpera Omnia に公開されていてpdfファイルが自由にダウンロード出来る。また、下記のマンドリン譜庫に多くの楽譜がある。
【オザキ譜庫】
京都市の医師尾崎信之が長年にわたり蒐集された約7,000曲のマンドリン楽譜。オザキ譜庫管理委員会が蔵譜を整理し、フレット楽器ヤマサキ(大阪市)が保管している。マンドリン愛好者の利用に供するため「オザキ譜庫」として公開している。尾崎譜庫
【中野譜庫 】
マンドリン楽譜約9,200点、ギター楽譜約9,800点、関連図書・雑誌、その他. 名古屋の音楽家中野二郎(1902(明治35)- 2000(平成12))のコレクションを、同志社大学図書館に寄贈された1987年に発行された目録のもの。
寄贈にあたって求めた条件が「広く一般に公開すること」であった。
2008年度末までは自由にコピーできたが、それ以降「閲覧のみ/複写禁止」に制限されている。
日本の図書館、特に大学の図書館は蔵書のデジタル化や公開に対して閉鎖的だ。欧米の図書館はその理念として「我が図書館が所蔵する貴重な文献は単に我が図書館の財産であるばかりでなく全人類の共通の文化遺産である。その文化遺産を保全しかつ世界中に公開することが我が図書館の使命である」「使用による損傷や劣化から文化遺産を保護し未来に伝えるためにデジタル化が必要なのだ」というところが多い。
2018年夏からはフィオレンティーノのホームページにて著作権の切れた楽譜や著作物をデジタル公開し、ダウンロード出来る。http://vinaccia.jp/nj-collect/ただし、ここも海外向けのみとなっている。
2020年、2021年のコロナ禍により電子図書館が増加している。ただし、閲覧は多くが図書館の所属する自治体の住人に限定されている。
【マンドリンの音の博物館】
名古屋のマンドリン奏者である南谷博一(なんやひろかず)氏が館長を務めている博物館で、平成7年5月8日の“ナゴヤ”の日にオープン。楽器、楽譜、レコードなどを展示している。
マンドリンの楽譜は約8000曲に上る。詳しくは下記URL参照。
マンドリンの研究論文と大学教育
武井守成など大正時代のマンドリン関係者による研究を初め、1910年以来という歴史のある同志社大学などがマンドリンの研究論文を集めているが、一般 的に広まってはいない。また成城大学の久松祥三が昭和57年に卒業論文として公開しているのがある。名古屋音楽大学や順心 女子学園、東京音楽学院、大坂音楽大学などにマンドリンのコースがあるが(2012年現在)、これらは個人演奏が主体となっているようだ。オルケスタシンフォニカトウキョウが散逸した武井守成の資料を一部載せている。
また、QAZのマンドリンと旅行の小部屋の「マンドリン関係の書籍」に詳しい。