ピック

各種撥弦楽器のピック

 マンドリン族の楽器は撥・ピックを使って演奏する撥弦楽器である。チェンバロ(ハープシコード)も複弦をもち、以前はワタリガラス(reven)の羽軸、現在ではポリオキシメチレン(デルリン)で弦を弾いて音を出す。この撥をプレクトラム (plectrum、plectraは複数形)と呼んでいる。三味線は象牙または鼈甲、琵琶には柘植の木の撥、大正琴は義甲、箏は指先の腹側に象牙の爪を装着する。アコースティックギター、エレキギター、エレキベースなどは主にプラスチックのピックまたはフィンガーピックを利用する。

マンドリンのピック

 マンドリン用のピックは通常、細長いハート型をしていて寸法は長さ2.5cm、幅1.6cm、厚さ0.8㎜~1.0㎜。マンドラ用は長さ2.7cm、幅1.6cm、マンドロンチェロ用は長さ3.0cm、幅2.1cm、マンドローネ用は長さ3.3㎝、幅2.3㎝程度の大きさである。(右端のピックはエンベルガースタイル)

 ピックの材料としては鼈甲(タイマイの甲羅)が主に使われているが、希少生物の保護からタイマイを含むウミガメがワシントン条約の絶滅危惧種となり、日本も1994年から商業用の輸出入禁止としている。最近はセルロイドやナイロン系のピックも使われている。大きさや硬さなどでいくつかの種類があり、奏者の好みで選定されている。鼈甲はほどよい硬さで音も良いが価格は高い。先端が削れてきたものをサンドペーパーなどで修正すると長さが短くなりバランスが悪くなる。普段はプラスチックを使い、演奏会などでは鼈甲にする、弾きやすい寸法のピックは演奏会用にいくつか確保しておく、などの使い方も必要だろう。先の尖った薄めのピックで弾くと澄んだ美しい音がする。

ギターのピック
 エレキギターやスチールギター用のピックを加工して使っている奏者もいる。アコースティックギターではセルロイド系、ナイロン系、鼈甲系、デルリン系、ウルテム系、トーテックス系など多くの材質と形状のピックがある。アコースティックギターでピックにこだわりのある人は人間の爪に近く、耐久性のあるウルテム系に人気があるようだ。

ギター用のピックには形状もティアドロップ形の他、三角おむすび(トライアングル)型、野球のホームベース型などがある。

マンドリンピックの色々

 アメリカフラットマンドリンの第一人者であるデヴィッド・グリスマンは先の丸い1.45mm~1.50mmと分厚いピック Golden Gate を使っている。このピックはドーグピック DAWG PICK とも呼ばれている。( DAWG は 仲間のスラング)材質はトリアセテート。ブルーグラスなどトレモロの少ない楽曲ではGolden Gateのような先が丸くてぶ厚いピックはボリュームのある力強い音を出すのに良い。

 マリオネットピックというのはセルロイド系とデルリン系(ポリオキシメチレン:ポリアセタール)の2種類がある。クボタピックはヤマハのギター用ソフトナイロンピックをカットしたもの。川口ピックもナイロン製でティアドロップ型とホームベース型があり、型番(厚み)が次の4種類ある。8.0 (0.8 mm)、8.5 (0.9 mm)、9.0 (0.95 mm)、9.5 (1.0 mm)。

 また、牛乳原料のプロテイン(ミルクプロテイン)を使ったプラスチックのピックもある。 これは1898年に開発された素材で感触が鼈甲に近い。この材料は乾燥および湿潤にも弱いので、保管するときはレザーケースに入れておくと良いようだ。白はやや硬く、ゴールドは柔らかめの感触。ピンクやグリーンにデザインされたものもある。

滑り止め

 ピックには滑り止めの穴が空いている。更に滑り止めにスリットやコルクの付いたもの、穴を5~6個にしたり、サンドペーパーを貼ったり、奏者によってはピックの端(丸い方)を少し焼いたり、松ヤニを指に付けることもある。プラスチックピックに押されているロゴも多少、滑り止めになっている。ホームセンターや文房具店に「指先のすべり止めクリーム」があり、これも良いようだ。

柔らかいピック
  鈴木静一の「ヴェルレーヌの詩に寄せる3楽章」の「巷に降る雨」では雨のイメージを出すために、なるべく柔らかいピックを使うように指示されている。

材質で鼈甲やセルロイド系は硬くナイロン系は柔らか、デルリン系はその中間といわれている。

 最近、柔らかいピックを選ぶ人が多くなっている。柔らかいピックは弾きやすく、音も楽に出る。ただし大きな音は出すことが出来ない。これでは、もともと音量の少ないマンドリンの性能を殺してしまっている。腰のないピックからは腰のない音しか出ない。硬いピックは柔らかいピックより技術が必要といわれるが音楽の表現を豊かにし、楽器の性能を100%引き出すには硬めのピックを使い、ダイナミックのある演奏とするのが望ましい。

マンドリンの弦

  現在のマンドリンの弦は鉄(高炭素スチール Hi Carbon Steel :HCS )などの金属弦の複弦であり、1番(E線)、2番(A線)はプレーン、3番(D線)、4番(G線)は主にラウンド芯線または6角芯線(ヘクサゴナル・コア)に巻線(ワウンド)となっている。日本でよく使われているオプティマ(独)の他にもトマスティーク(独)、ハナバッハ(独)、ドーガル(伊)、アルスARS(仏サバレス社)、ダダリオ(米)、フルオロポリマーコーティングで知られるエリクサー(米)などがある。弦のゲージ(太さ)は1弦が0.01(インチ)程度、2弦が0.013~0.015、3弦が0.020~0.024、4弦が0.032~0.040となっている。

弦の素材 
 オプティマの弦はニッケル合金(ステンレス)などで、他は鉄(鋼)となっている。鉄弦はニッケル合金製に比較して錆び易いが価格は安く、音の鳴りは良い、音の劣化は同じ程度といわれている。巻き線は多くが錫メッキ、ダダリオは真鍮メッキとなっている。オプティマの4105の巻線は銀メッキ、2125の1弦はステンレス素材、3弦4弦はニッケルのフラット巻、2145はトムバック(銅と亜鉛の合金)の巻線など各種揃えており、奏者の好みで選ばれる。鉄弦の錆をメッキやコーティングで防止すると寿命は延びるが価格が高くなってしまう。また、音色も変化する。ダダリオのフォスファーブロンズコーティング弦はブロンズ合金にリンを加えることにより、高い耐蝕性を実現した長寿命の弦で、ギター奏者の評価は高い。梅雨時は弦が錆びやすいとしてコーティング弦を利用する奏者もいる。

巻き線(ワウンド弦)

 巻線は丸巻き線、半丸巻き線、平巻き線の3種類がある。一般的には丸巻き線が使われている。ダダリオのFT-74は半丸巻き線、トマスティークは平巻き線でありつるつるしている。丸巻き線は明るい音が特徴。但し、ポジション移動の際に弦を擦る音がする。オプティマのクリアホワイトにはフラットワウンド弦も販売されている。

津津利章が1970年に竹内マンドリンアンサンブルに委嘱されて作曲した「マンドリンオーケストラのためのエッセイ」や熊谷賢一の群炎Ⅱではピックの後ろで弦を擦る奏法を用いているが、これは丸巻き線を前提としている。

弦のテンション
 テンションはローテンション弦、ハイテンション弦などで異なるがマンドリンは複弦であり合計張力は高い。現在の楽器は丈夫に出来ていて、張力の高い弦で音量を増やすようになっているようだ。しかしながら女性が弾くにはハイテンションの弦は厳しいと思われる。テンションを計算するのにMPUSTC(The McDonald Patent Universal String Tension Calculator)というソフトがある。それによれば、ゲージをオプティマの.01 .013 .022 .036、弦長33.5cm、楽器をマンドリンとして計算した結果は
  1弦  7.96kg ×2
  2弦  5.76kg ×2
  3弦  8.69kg ×2
  4弦  8.27kg ×2
トータルテンション  61.36kg

古楽器製作家の平山照秋氏が実際に計測した結果は同じゲージで
 1弦  7.73kg×2  

 2弦  5.59kg×2
 3弦  8.43kg×2
 4弦  8.03kg×2
合計   59.56kg
 であった。
  ほぼ同じような結果で合計60kg程度となっている。もちろん製造上のバラツキもある。製造上のバラツキとは弦断面の真円度が低いもの、弦の直径が部分的にばらついているものなど。クラシックギターのナイロン弦張力が6本で約40kgであることと比較してマンドリンは金属の複弦であるため強い。

 

ヴァイオリンの弦張力

 マンドリンと同じ調弦のヴァイオリンは

 1弦(E) 7.0~9.0

 2弦(A) 5.0~6.3

 3弦(D) 4.0~5.8

 4弦(G) 3.9~5.2

合計 20Kg~26Kg

であり、単弦でもあり、マンドリンの1/2.5~1/3となっている。

 

弦張力のバランス
  平山氏が指摘していることは「オプティマの2弦(A線)のテンションが他と比較して低く、バランスが悪い」ということだ。日本でのマンドリンの弦はオプティマが大多数を占めている。低いテンションのA線を押弦すると音程があがってしまうので、それに合わせ弦駒(ブリッジ)の骨棒(サドル)を段差にしている。 日本ではあまり普及していないが、米国の総合弦メーカーとして知られているダダリオ社の弦は一般的にフラットマンドリン用の弦であり、ボールバックマンドリンより長い弦長を基準としている。なお、ラウンドバックのマンドリンに合う弦としてJ62がでている。
  この弦のゲージは.010 .014 .024 .034とオプティマに比較して2弦3弦は太く4弦は細くなっていてバランスは良いといえる。音はやや大人しい。価格もオプティマより安い。音のボリュームを欲しい場合はややハイテンションのJ74もある。こちらのゲージは0.011 0.015 0.026 0.040となっている。

 なお、オプティマから「クリアホワイト」弦が2015年に発売された。これは1弦のゲージが0.0105、2弦が0.0135、3弦が0.024、4弦が0.037となっており、全体に太くなっている。MPUSTCでは小数点以下4桁は無いので、弦張力平均をとって計算するか実際に計るしかない。最近の丈夫な楽器に合わせて、しっかりした音が出るように調整したのかもしれない。

 2019年10月にダダリオ社から発売されたマンドリン用の弦XTフォスファーブロンズ(PHOSPHOR BRONZE)に関してはニュースを参照下さい。

弦の張力と骨棒の段差

 オプティマの弦張力の低い2弦に合わせて駒の骨棒を段差にしている楽器では2弦(A線)など従来のオプティマ弦から変える場合には注意が必要だ。テンションバランスを取った弦に切り替える場合には骨棒を直線にした方が良い。例えば同じオプティマから2018年に発売になった「ソリスト」のゲージは① 0105 ② 015 ③ 022 ④031であり、張力バランスをとった弦のようだ。ただし3弦と1弦はまだテンションが高い。

 日本では大部分がオプティマの弦を使っているが、弦の選択においてはまず楽器の弦長を考慮する。ラウンドバックのマンドリンの弦長は325mmから355mm程度にばらついている。野口のSAは345mm、カラーチェのクラシコBは336mmなどとなっている。ちなみにフラットマンドリンのギブソンではAモデルが358mm(14 1/8インチ)、F5モデルは352mm(13 7/8インチ)が規格となっている。(マンドリンの構造と各部機能から力木・ブリッジ・ナット参照)

弦の選択
 ヨーロッパではニッケルの利用やメッキの廃液など環境汚染に対する規制が厳しい。またHCSワイヤーは慢性的な供給不足ともいわれる。このため、弦の製法や材料を変えることもある。弦の選択にはゲージとテンション、各弦のバランス、芯線や巻線の材質やメッキなど表面処理の種類などの確認と音色の好みの選択が必要だろう。しかし日本では弦に関する詳細スペックは情報の少ないことも事実である。
  最近オールドの楽器を使う人もいるようだが、バロックマンドリンはガット弦が前提だし、ヴィナッチャなどオールドの楽器は現在よりもテンションの低い弦でA=440以下を前提に制作されている。平山照秋氏は適当な弦が見つからないのでギターの弦などを利用しているという。

 弦の選択に当たっては弦のゲージ(太さ)、素材、表面処理、製法などを確認してから実際に弾いたときのバランス、音色やアタックの感触、音の減衰などを確認して、利用すると良いだろう。なかには演奏のジャンルに応じてピックや弦を変えている団体もある。

 なお、バロックマンドリンなどガット弦のマンドリン用としてイタリアの Aquila 社からナイロン弦が発売されている。

 マンドリン族の演奏法