マンドリン族は撥弦楽器であり、ピッキングでは音は減衰するだけだが、トレモロ奏法によって継続した音にしている。トレモロの場合は擦弦楽器や管楽器と異なり、非常に長い音とすることができる。このため、意識しないとアーティキュレーション、フレージング、ブレスのない、いわば人間的でない音楽となり易い。
人の声や管楽器は息の続く範囲、擦弦楽器は弓の長さが音の長さの限界となる。また、話し言葉では強調するところははっきり話し、単語や文節の途中では息継ぎはしない。文脈に沿った呼吸と抑揚や感情移入があって初めて聞き手にとって理解しやすい言葉や話となり、感動することもできる。「一本調子」や「立て板に水」では話し言葉の印象は薄く、感情は伝えられない。トレモロはアップダウンを均等に弾くことで音の持続を図るが、一つの音での強弱やアクセントを表現しにくくなる。このことはトレモロを多用するマンドリン音楽で注意しなければならないことである。ただ、ヴァイオリン族の場合にボー(弓)の長さの限定は管楽器や声楽よりも短い音しか続かないため、マンドリン族のトレモロでは声や管楽器でのフレージングと同様に考えるのが良いと思われる。
トレモロの速さ
龍谷大学理工学部での実験(2006年)によれば、マンドリンA線開放のトレモロで3年の経験者はトレモロの速度が0.1秒、初心者は0.12秒であった。標準的な4分音符に4回のトレモロとすると経験者は144の速度で弾き、初心者は120で弾いていることになる。
このことから、トレモロの速度は初心者が120、通常144、高技能者160程度と思われ、高技能者は120から160程度の速度に対応できると考えられる。ラヴィトラーノ作曲「ローラ」の早い部分Allo.con motoが144、Poco piu prestが160だが、指定速度160に合わせて16分音符を1音ずつ弾くことは、訓練を積む必要がある。一般的にマンドリン合奏で演奏するにはトレモロの速度を♩=120から少なくとも160まで対応できるようにすべきだろう。また、トレモロはダウンとアップはどちらも複弦を弾くいわゆる並行奏法が通常であり、ダウンは2本、アップは1本では滑らかなトレモロとはいえず、単純に考えて音量は3/4となる。アンサンブル、オーケストラで弾くには4分音符4回のトレモロを演奏速度♩=100から160程度まで基礎練習としてやるべきだろう。
奇数のトレモロと音のつながり
異なるテンポの音楽を一定のトレモロ速度で弾くと、4分音符が3ストロークや5ストロークとなる場合がある。トレモロの続くパッセージであればいいが、ピッキングが入ったりアクセントがある箇所で、ダウンストロークで弾こうと思うと、テンポやリズムが乱れやすい。一般的にもトレモロの遅い人は注意が必要。また、滑らかなトレモロとするには右手ピックのトレモロとともに左手の運指とのタイミングが大切だ。トレモロの流れと運指が合わないと音の変わり目でトレモロの音が殺され、途切れ途切れのギクシャクしたトレモロとなる。
また、弦をまたがるトレモロの場合に、訓練が足りないと途切れ途切れのトレモロとなり、滑らかなメロディーとならない。トレモロをつなげるよう意識して練習する。ポジション設定も大切だ。葉加瀬アカデミーでレッスンをしている葉加瀬太郎のヴァイオリンでのポジション設定の例
ギターのトレモロ
ギ ターでのトレモロは「アルハンブラの思い出」が有名だ。ギタリストの田中哲朗氏が「トレモロ理論」というのを発表している。これによると、「毎分100く らいの速度では相当遅く、トレモロとは呼べない速度である。120くらいだとトレモロとして通用すると思う。ジュリアンブリームのアルハンブラは145く らいで弾き始め、転調してから152くらいで弾いている」どこまで速度を上げられるか限界まで挑戦したときに田中哲朗氏は、「練習を繰り返すと瞬間的には 200くらいにまで行くが、乱れる。昔のように180で安定して弾きたいと思っている」とのこと。マンドリンのトレモロでも同様ではないだろうか。マンドリンのトレモロは四分音符4ストロークとして、演奏速度120から160程度まで安定して弾けることが必要といえる。日常の練習としてメトロノームで合わせるといいだろう。
スラー記号で表わされる楽譜は通常トレモロで弾かれるが、ピックの場合でも“滑らかに弾く”意味でスラーにしていると思われる記譜も多い。また、スラーの最後にスタッカート記号(点)のあるものは最後にピッキングで奏される。
また、2分音符や全音符の小さく長い音はトレモロが遅くなる傾向があり、注意を要する。また音楽のスピードにより、トレモロの速度を変化させることも必要となる。ただし楽曲の速度とアンバランスなトレモロの速さでは16分音符がつぶれたり、左手の押さえとトレモロのピックがぶつかって音が濁ったり、金属的な音になることがある。
トレモロの数を決める
トレモロの数を決めて演奏することを提唱し、指導をしている人もいる。楽曲の速度とトレモロの関係は重要であり、決められた数のトレモロを基本に音楽表現ができれば理想的とも思える。ただマンドリンに比較しマンドラやマンドロンチェロなどの低音楽器では適切なトレモロの回数は少なくなる傾向であり、一律には決められない。楽曲によりトレモロとピッキングの選択を楽器に合わせて適切に選択する必要がある。また、リトルダンド、アッチェランド、その他アゴーギクまで細かく決める事は困難であり、あまり細かく設定すると音楽表現が機械的になってしまう。
音高とトレモロの速さ
高い音や細い弦においてトレモロは細かく弾くことが必要で、低い音や太い弦は比較的ゆっくりのトレモロとなる。このため、早いパッセージのトレモロをマンドリンとマンドラやマンドロンチェロと合わせようとしても、八分音符や四分音符が同じように出来ないことがある。作曲や編曲の際にこのことを考慮し、演奏にあたっても楽器の性質と能力に応じてトレモロとピッキングを区分する必要がある。
3連符や2連3音の場合は四分音符に対してトレモロを増やすか減らす、または奇数のトレモロにするなど、調整する必要がある。
「打楽器Wiki」での「Timpaniのロール」に下記のように記述されている。
打楽器のティンパニでトレモロ(ロール)の基本は「ケトル(カマ)の響きがつながった状態」であり、丁度良いトレモロの速さがある。同じ打楽器でもスネアドラムは響きが短いためスティックを速く動かす必要がある。ティンパニやサスペンドシンバル、バスドラムなどは叩いた後の余韻が長い楽器で、この手の楽器は余韻を上手く利用して「鳴りがつながる」様にロールすると、きれいなロールになる。
また、ティンパニのロールは楽器のインチ(大きさ)や皮の張り、チューニング、音量でそれぞれ適当な音数が違う。きれいなロールは皮面から出る打音より、カマの鳴りの方が大きく聞こえる。皮の振動と両手の動く回数が上手くマッチしていない時、特に低音のティンパニを必要以上に早く叩いた時に音が割れる。
などが指摘されている。
皮を弦、マレットをピックに、ケトルを胴に置き換えて読めば、これらはマンドロンチェロやマンドローネのトレモロと同様の指摘となる。マンドロンチェロやマンドローネにおいて弦の振動以上に速いトレモロはティンパニと同様に音がかさついたり、ボリュームが出ないことになる。
錯覚と芸術
「考える人」で有名なロダンは、芸術とは「人間の錯覚を利用して、あるもので違うものを感じさせることだ」という。例えばヴァチカンのスカラレジアは遠近感を強調、日本では鶴ヶ岡八幡の若宮大路から続く参道は段葛の遠近法といって参拝者に鶴岡八幡宮を遠くに見せるための仕掛けで、二の鳥居付近で4.5メートル、三の鳥居付近では2.7メートルと、鶴岡八幡宮に近づくほど道幅が狭くなっていく。鴨居八幡神社の4つの灯ろうはその逆を意図していて一の鳥居あたりから見たときに手前と奥で大きさがあまり変わらないよう違う大きさで作られている。
映画は1秒間に24コマ、昔のサイレント時代は16コマであった。それ以前に10コマというのもあったようだが、これでは画面がチラチラして見づらかったそうだ。最近では24コマを2回ずつ48コマとして上映している。このあたりになると、ちらつきを感じなくなるようだ。映画の画像は実際には不連続なのだが我々は動画と認識して鑑賞している。マンドリンは複弦でトレモロを奏していて、映画の48コマ送りと似ている。
ピックで弦を1度だけ弾くのをピッキングといい、打ち下ろしのダウンストロークとすくい上げのアップストロークがある。必要に応じてダウンストロークは П で表わし、アップストロークは Λ で表わす。ダウンストロークははっきりした強い音が出せ、アップストロークでは強い音は出しにくい。作曲家によってはダウンをVで表し、アップをЦで表すこともある。
ピックが弦をアタックした瞬間は楽音よりもアタック音つまりは雑音であり、その後に楽音となる。従って大切なのは弦に直角に当てるようなピックの奏法とともに左手の「押さえ」であり、アタックの後に左指がしっかり押さえていることが、雑音の少ない音を出す条件といえる。長いピッキング音では通常ヴィブラートをかける。
2分音符や全音符をピックで弾く場合に合わないことが多い。トレモロの場合にテンポやリズムの多少の誤差は隠れてしまうが、ピッキングでは明らかになる。メトロノームで合わせたり、指揮者のアインザッツに合わせる練習が必要だろう。
雑音、アップとダウンの音量差
ピックが弦に当たるときに雑音が多いのは楽器本来の音量を出していない場合、ピックの当て方が悪い場合、左の指がフレットをしっかり押さえる前、または押さえると同時にピックを当ててしまう場合などが考えられる。
またピッキングではダウンとアップが同じ音量にならないと特に早いパッセージでのアップダウンの音列が不自然となる。ダウンは複列弦の2本で、アップは1本といった奏法は不自然な響きとなり、複弦の性質が生かされない。早い速度の場合に左手の運指とピッキングのアップダウンをよく同調させる必要がある。ピックのダウンアップを「打ち掬い」と言うことがあるが最近は聞かれなくなった。
ラヴィトラーノの「ローラ」ではPrestoで16分音符の早いパッセージが出てくる。
指定速度は 4分音符=160 右手のピックの動きと左手の動きがうまく合っていないとfを出すことは出来ない。
早いパッセージでのヴァイオリンとマンドリンの違い
擦弦楽器であるヴァイオリン族は速いパッセージの場合、左の指はマンドリンと同様に、音符通りに動かさなければならないが、右手のボーイングはいくつかの音を連続して演奏可能である。撥弦楽器のマンドリン族の場合は通常、一音一音をピックで弾かなければならない。上記5小節目の16分音符の例ではヴァイオリンでは、上下2度のボーイングで弾くことが出来る。
早いアップダウンで楽曲を弾くことはマンドリンにおいて基本的な訓練のひとつだが、オーケストラ曲などヴァイオリン族の曲をマンドリンに編曲する場合はこのことを理解しておくことが重要である。
ピッキングでの音の終わり
ピッキング奏法ではピックのアタック時および音符と音符の間隔を正しく弾くことに神経は使うが、ピック音の終わりの不明確なことが多い。左手を離すか、右手による消音タイミングを確実にしなければならない。もちろんトレモロの終わりも同様である。マンドリン族やギターはピッキングの音が持続するようになっており、ヴァイオリン族の音の減衰より長い。トレモロやピッキングの終了した後でも開放弦や左の指を押さえている場合には音が持続する。指揮者はフレーズの終わりでの消音を明確に指示する必要がある。逆に2分音譜など長い音を中途半端に終わらせてしまう場合があるが、これも注意しなければならない。
二度締め
よく、フレーズや楽曲の終了時にピッキング音を残す、“2度締め”の演奏を聴くことがある。マンドリン合奏でしか聞かれない音楽的に不自然な終わり方だと思う。音符の最後には消音し、ホールの残響を残すのが自然な音楽と思われる。もちろん演奏表現上必要な場合はトレモロ終了後の音を指定音譜以上に長く残す事もある。
NHK連続テレビ小説『あさが来た』の主題歌として角野寿和/青葉紘季が作曲した365日の紙飛行機の最後をピッキングにしてみた例。
3連音符の奏法でやや遅い速度の場合は一般的にアップ、ダウン、アップを繰り返すが、早いパッセージの場合はアップ、ダウンの繰り返しとなる。
トレモロで3連符を奏する場合、4分音符や8分音符と同じにすると、テンポによってはトレモロが奇数になってしまうことがある。そうすると流れがギクシャクするので、3連符の部分を速いトレモロとして解決する。
次はいずれも早い3連符の例
マンドリン芸術(マネンテ)の4楽章
ピッキングはトレモロよりも大きな音を出すことが出来る。鈴木静一の交響的幻想曲「シルクロードOp.50」の第8楽章ローマへの帰還(アッピア街道)の場面ではホルンが勇壮なメロディーを高らかに奏でるが、ここでのマンドリンは重音のピッキングによる伴奏となっている。勇壮なフレーズでのホルンのフォルテの音量は40人~50人のマンドリンオーケストラでは通常大き過ぎ、バランスが取りにくいが、鈴木静一はこれをトレモロではなく重音のピッキングで解決している。ムソルグスキーの展覧会の絵をマンドリン合奏用に編曲した宍戸秀明も「キエフの大門」で重音を用いて音のボリュームを出している。
トレモロはダウンアップの連続だが、アップの時にはダウンの力を弱める働きともなっている。このためピッキング奏法とトレモロが混在する場合に、これらを同じ力で弾くとピックの方が強くなり、音量の違いで音楽の流れが崩れる。音楽的に自然な流れにするにはピッキングとトレモロの音量バランスをコントロールすることが必要である。
武井守成は「マンドリン合奏片言」で次のように語っている。「トレモロとスタッカートとが連なっている場合,そのいずれかが他よりも音量において増すことがありはしないかということを,常に注意する必要がある.人により,場合により,あるいはスタッカートで大きくなり,あるいはトレモロで大きくなる.警戒の第一歩である」
またトレモロの場合に最初の音のアタックが強い演奏が多い、これは日本語のアクセントのクセやピッキング奏法のイメージでトレモロをスタートさせてしまっているからと考えられる。直接アタックからトレモロを開始しないで、ピックの”空振りから入る”トレモロを取り入れることでピアノから入ることが出来る。ただし、入りが曖昧になることに注意しなければならない。入りのタイミングを合わせるため”空振りから入る”ことを嫌い、音の初めはピックを当ててから入ることを提唱する人もいる。