装飾音

 装飾音とは、音に短い飾りの音を付けること。大別して、装飾音符と呼ばれる小音符で示されるものと、装飾記号と呼ばれる記号で示されるものに分けられる。
前打音(長前打音Appoggiatura、短前打音Acciaccatura))、複前打音、後打音、トリル、ターン、アルペジオ、グリッサンド、ポルタメントなどがある。

小さい八分音符は長前打音。スラッシュのついているのは短前打音

複前打音の例。装飾音を次の音符の前に入れるのが一般的に多いが次の音符の頭で入れる場合もあり、曲想によって使い分ける。

メルラーナ・フォクト作曲「アルプスの情景」第3楽章 短前打音の例

 S.サルヴェッティ「山嶽詩」の冒頭部分
 重音アルペジオを急速に行って、その後にトレモロに移行する。

 バロックなどの古典音楽では長前打音が多い。また装飾音を奏者に任せることも多かった。ヴィヴァルディのマンドリン協奏曲でも楽曲の繰り返しの際に装飾を入れている演奏をレコードなどで聞くことが出来る。


 長前打音の記譜と実際の演奏

トリラ

  トリラは短二度または長二度の繰り返しであり、ピックのアップダウンに合わせて押さえた指を上下する事で奏する。短二度、長二度では音符の上に“tr”または“trと波線の組み合わせ”で記され、長二度よりも広いトリラの場合は2つの音の間を3本線で表わすか、2つの二分音符を32分音符と同様の3本線で表わす。速いパッセージでは16分音符の連続となる。次の「マンドリンの群れ」の例では16分音符となる。


トリル、ターン、モルデント

 マンドリン族はトリルやターンも通常は一つ一つの音をピッキングで奏する。ヴァイオリン族のように弓で一気に弾くことが出来ないため、速い演奏は技術を必要とする。オーケストラ曲を編曲するときなどは注意すべきだろう。


ボロディン 弦楽4重奏曲 第2番 ノクターン

ターンの例は基本形だが、シャープやフラットが付いた変化形がある。
モルデントは一音だけ音を上げる。縦棒が入っている場合は一音下げて演奏する。

古い時代における装飾音 マニエーレン

 音楽的な飾りのことをマニエーレンと呼ぶ。14世紀から19世紀にいたる音楽の中で様々な装飾が用いられてきた。ルネッサンスやバロック時代など古い時代の曲を演奏するときに困ることは、楽譜にテンポやフレージングの表示がない。これは当時、作曲者が音楽の骨組みだけを提示していて、演奏者は一定の規則に則り自由に演奏していたことによる。

 ルネッサンスからバッハあたりまでの音楽では装飾音に関していろいろな演奏法があり、バッハは弾いて欲しい装飾音を楽譜に書いていたが、それ以前の音楽では奏者に任されていて楽譜に記されていない。グレゴリア聖歌などではメリスマと呼ばれ、1音節対1音符で作曲されている部分(シラブル様式)に、2つ以上の音符を用いて歌う。楽譜に書かれている音譜だけを弾くのでは単純でつまらない演奏となってしまう。従ってその時代の音楽を演奏するには習慣や形式を知り、それらしい雰囲気を出すセンスが必要といえる。ヘンデルやヴィヴァルディの曲を演奏する際には装飾音をセンス良く入れたい。装飾はフランス式、イタリア式などと区分されているが本来は即興的に演奏されていた。ヴィヴァルディのマンドリン協奏曲 ハ長調 RV 425はよく知られているが、ウーゴ・オルランディAvi Avitalの演奏を聞き比べてみるのもいいだろう。

 歌の例は日本の代表的ソプラノ歌手、中丸三千繪によるヘンデルの歌劇「リナルド」より私を泣かせてください。歌の装飾を美しくちりばめることを「色づけする」という意味でコロラトゥーレンと呼んでいる。

こぶし

 日本の演歌では歌いまわしとして「こぶし」が重要だ。こぶしは小節と書き、楽譜には通常書かれない装飾音符の事。マンドリン合奏で演歌を弾くことも多いが、このこぶしの表現を取り入れることはほとんどない。バロック時代の装飾音のように取り入れてみたらどうだろうか。その他演歌の歌唱法では少し下の音から入る「しゃくり」や小節の終わりに音を下げる「フォール」などがある。フォールは西洋音楽にもある。例えばBette MidlerのThe Roseで聞くことが出来る。ヴァイオリン族や管楽器では可能だが、マンドリンは困難、しかし不可能ではないだろう。なお、このRoseの日本語版「愛は花、君はその種子」を都はるみがうたっている。フォールはないが良い感じなので紹介しておきます。

 音楽評論家の玉木正之氏によると、都はるみの歌は南方の島国や大陸や半島を経由して流れ込んだアジアの文化、さらに文明開化によって入り込んだ西洋の文化が渾然一体となり、東洋の島国で奇跡のように開花した美しい花を見る思いがする、と述べている。なお都はるみはイタリア3大テノールの中で、パヴァロッティの歌声が一番好きだと語っている。

重音奏法と弦の分割