リズム、ノリ、テンポルバート

一定のリズム

  現代のポピュラー音楽のほとんどが、曲の初めから終わりまでテンポが一定となっている。テンポをリードするのは通常ドラムでドラマーには正確なテンポを維持するテンポキープが求められる。しかし、あまりにもテンポキープに神経質で人の音を聞かない機械的な演奏は“機械汚染”といわれる。これではリズムボックスと変わらない。

  マンドリン合奏では通常ギターがリズムを刻んでいる。マンドリン系の人達はギターを聞いてリズムに合わせている。マンドリン系だけでの演奏ではリズムやテンポの乱れることがある。時にはギターを入れないでマンドリン系だけで正確なリズム、テンポが取れるか練習してみると良い。

 ポピュラー音楽やJAZZの世界ではテンポ通りに弾くのはジャスト(イーブン)だが、気持ちの良い音楽にはジャスト(イーブン)な拍ではなく一定のサイクルの中で音量やリズムの微妙なズレであるノリ、グルーヴ、揺れが入る。曲によっては前ノリ、後ノリと前後にずらすことがある。具体的には8分音符の裏、16分音符の裏で入るなどの奏法をとる。サンバの浮き浮きしたようなリズムはパルチードアウト(Partido Alto)と呼ばれるリズムパターンだが、このリズムは頭の入りが16分休符となっている。

サンバパルチードアウトPartido Alto(wikipediaより)

SWING

 上を向いて歩こうの出だし。

弱起部分や2小節目の3拍目など、2連の八分音符はスイングで3連音符として演奏するように指示されている。歌手の坂本九はこの曲をロック(当時のロカビリー)の8ビートで歌っている。なお、当時ロカビリーは不良の音楽といわれていた。この楽譜と次の楽譜は同じ演奏を表わしている。

武藤理恵は上を向いて歩こうのスウィングを楽譜に表している。クラシックやマンドリンオリジナルを主に演奏してポピュラー系をあまり演奏しない人達にはわかりやすいのかも知れないが、楽譜は煩雑になる。

 

スウィングを装飾音符として表示した例。

この方が弾きやすいとも思われる。

 スウィングは実際には様々なスタイル(シャッフル)がある。

・8分音符+8分音符はシャッフルしない普通の2連符だが

・3:2 = 付点8分5連符+8分5連符。軽いスウィング

・2:1 = 4分3連符+8分3連符。ミディアム・スウィング、シャッフル
 ブルースやロック、カントリーを含む多くのジャンルの音楽において用いられる

・3:1 = 付点8分音符+16分音符。強いスウィング

などとなる。実際はこれらの間のさまざまな比でもって演奏されている。

楽譜ソフトのフィナーレのプレイバックにはバロック、古典様式、ロマン様式、ジャズ、ファンク、サンバ、普通のワルツ、ウィンナワルツなど多くのスタイルが用意されている。いろいろなプレイバックで試してみると参考になる。書いてある音符が均等ではなく、演奏スタイルにより様々なことが分かる。

 ベートーベンの交響曲第5番「運命」第2楽章の楽譜は図のようになっている。最初の方の付点16分+32分音符①は実際には3連音符として演奏する。音符通りの付点16分音符で弾くととても軽くなってしまう。ただし、5小節目の付点8分と16分音符②は譜割り通りがよい。

 齋藤秀雄は「付点音符は不定音符で長さは常に変わる、あるところでは伸ばし、あるところでは縮めるってことが必要なんです」また、「バッハの時代は複付点音符や4分+8分の3連音符の記譜法もなかったことを知っておくとよい」と言っている。

テンポの揺れ
 クラシック音楽や多くのマンドリンオリジナル曲では安定したリズムの上にメロディーがテンポルバートすることもよく行われる。これらを表現することが音楽演奏として求められることである。これらの音楽はポピュラーと比較してメロディーが主体となる。これらテンポ、リズム、アゴーギク(緩急法)は基本的で重要な音楽表現上の技術の一つである。オーケストラでは速度の遅くなるところを”波線”で表現し、速くなるところは矢印に、溜めのあるところはカエスーラ(ダブルスラッシュ)、指揮者を必ず見なければならないところは”眼鏡”や”目”の記号、他のパートに注意するところは耳のマークなど、一目で見て分かる記号を工夫して演奏に臨んでいる。

 ただ、問題は指揮者のいうことに合わせてテンポ、リズム、アゴーギクをつけても、気持ちが入っていないと聴衆に音楽は伝わらない。演劇で役者が役になりきって演じると役者ではなく、その役の人物として観客も演劇に入り込むことが出来る。これができていない役者は「大根役者」などといわれる。

 鈴木静一のスペイン第2組曲に「モロッコへの憧れ」があるが、ここのメロディーはジブラルタル海峡の波のようにテンポルバートするのがふさわしい。ここでは鐘の音が聞こえるが、鐘の音はメロディーと合わせてはいけない。一定したリズムで演奏し、指揮者は鐘の終わる頃にメロディを合せるようにする。

裏拍の重要性

 マンドリン演奏ではラテンやJ-POPなどリズミックな曲も演奏することが多いが、リズムに乗れない人がいる。リズムや拍子を考えたり、数えながら合わせようとすると、ほとんどがリズムに遅れる。リズムに乗るにはイチ、ニ、サン、シと表拍を数えるのではなく、裏拍を感じることが大切で、イチト、ニト、サント、シトのトを意識して頭の中でリズムを刻むのが基本。

 裏拍が取れないと、メリハリのない演奏や前のめりの演奏になってしまう。逆に表拍に引っ張られて遅れてしまい、極端な場合は表拍になってしまう。メトロノームを使って、やや早めの後打ちを5分とか10分続けて練習すると良い。

 譜割りの始めが8分休符の場合にリズムの乱れる演奏を良く聴く。また四分音符のピッキングが前のめりになっていることも多い。これは1音1音を気持ちを入れて丁寧に弾かずいわゆる「流して」弾くため。惰性で弾いているような音楽は聴いていて気持ちが全く伝わらない。

 マンドリンの演奏会では色々なジャンルの曲を取り上げるが、クラシック、オリジナル曲はメロディ主体、ポピュラー曲はリズムが主体ということに対応した演奏にしたい。

ラテンの名曲キャリオカの出だし。

休符の後が前のめりになりやすい。

テンポ・リズムを揃えるため表拍だけ意識して演奏すると、いわゆるハクハクして、メロディーが死んでしまう。リズムは身体で覚えて、メロディーは歌うように演奏したい。

 日本と欧米のリズム感

 日本人(日本民族)は音楽にノリながら聴いている場合でも、リズムにはきちんと合わせ、祭り囃子の手拍子のノリに似ているといわれる。日本人はリズムを手足膝でとるが、欧米系の人は腰でリズムをとるようだ。特に黒人系と日本人では骨盤前傾と胸の厚みの違いがリズムの取り方に出る。これはJAZZや軽音楽ばかりでなく、いわゆるクラシック音楽でも同様といわれる。クラシック系の音楽やマンドリンオリジナル曲の上達を望むのであればバッハやモーツァルトを聞くことも重要だが、マンドリンアンサンブル・オーケストラでは一般的に幅広いジャンルの音楽を取り上げるため、ブラックミュージックやサンバミュージック、演歌や最近のポピュラー音楽も聞き、歌ったり踊ったりしてリズム感を養うことが必要だろう。

 アフリカ・ギニアのバロ村の人達。生活の中にリズムがある。
  クラシック音楽ではエルガーの「愛の挨拶」、ラフマニノフの「ヴォカリーズ」、フォーレの「夢の後に」などの良い演奏を聞いてみると参考になる。

 言語と音楽も参照下さい。

楽譜に忠実な演奏

 マンドリン演奏で聞かれる演奏として、四分音符はどこまでも均等、強弱は書かれているfやpのところから急激に変わる。リトルダンドやアッチェル、クレッシェンド、ディミヌエンドなども単純で機械的、更には“タテ線”を揃えるのに熱心で伴奏とメロディーをきっちり揃えた演奏など“楽譜に忠実”なことがある。これは聴いていると、とても退屈で不自然に聞こえるし、ましてノルことや感動することは出来ない。しかも実際にはそのように弾こうとしているのだが、前のめりになっていたり、走るなどリズム感のない演奏になっている。まずはメトロノームで練習してみるのが基本。その後、イントネーションや演奏スタイルなどの表現に進めるのがよい。

マンドリンの限界

 ただしマンドリンでアッチェルやリトルダンド、メロディーの揺れを表現するのにはトレモロの表現力や限界もあり声や擦弦楽器のようにいかないことも事実ではある。だからといってトレモロのやりやすい均等な演奏では音楽的感情は表現できない。
 作曲者が楽譜に書いていないことは多く、全てを書くことなど不可能でもある。楽譜は音楽を表現する上での道案内、演劇での台本と思えばいい。演奏者や指揮者は作曲者がどのような音楽を表現したかったのかを類推して、自分たちの言葉として演奏し、聴衆に“音楽”を伝えるようにすることが大切である。指揮者の指示によって強弱などの曲想を言われたように弾いても気持ち(感情)の入っていない演奏はいわゆる「空回り」や「浮いた演奏」となる。演劇では大根役者、大根演技といわれる。

ベートーベン 近衛版のスコア

 日本のオーケストラにとってパイオニア的存在である、近衛秀麿はベートーベンの運命のスコアに手を入れている。いわゆる近衛版といわれる楽譜だが、彼はベートーベンは”このように演奏したかったのだろう”と解釈したことと当時の日本楽壇の水準に合わせた曲の再現を考えたからであり。至極真っ当で 気品ある演奏が聴ける、と評価も高い。しかしその楽譜での演奏者は楽譜に忠実に弾いているのだろうか。だとすると、聴衆はだまされているようで、良い演奏とはいえないだろう。

 過去の巨匠と言われるような指揮者の演奏も時代によって様々だ。フルトヴェングラーを初めとした、その時代の指揮者である、ワインガルトナー、メンゲルベルクなどは彼らなりの解釈で演奏したが、トスカニーニ、ピエール・ブーレーズやジョージ・セルなどはかなり原作に忠実な演奏といわれている。

 最近(2010年)でもヘルムート・リリングはベートーヴェンのスコアに忠実な楽譜で指揮をしているが、ロリン・マゼールは年末のベートーヴェン全曲演奏の際に、自ら改定したスコアで指揮を振っている。

奇跡のレッスン

 28歳でウィーンフィルのコンサートマスタになったダニエル・ゲーデ氏がNHK「奇跡のレッスン」に出演。千葉県船橋市立の小学校の弦楽部で楽譜通りに弾くことにとらわれている子どもたちの心を解き放っていく。

  このなかで彼は感情表現の練習はどの技術レベルでも出来るという。実際、コンクールで入賞するほど優秀な子どもたちも「楽譜通り弾くこと」に一生懸命で感情表現ができていなかった。

 レッスンは、音階練習に感情を込める、パーセルの曲ではこれはダンスの曲なんだとダンスをしたり、歌を歌いながらエア弾きで練習したりとユニーク。

NHKの表題は~楽譜が物語に変わるとき ダニエル・ゲーデ~奇跡のレッスン(1)、奇跡のレッスン(2)NHKBS1-2018年8月5日(日)放送~

曲の入りでのリズム、テンポ

 合奏では指揮者のアインザッツで曲が始まるのだが、最初の4小節くらいはリズムもテンポも不安定な演奏を聞くことがある。指揮者は棒を振り始める前に演奏する音楽のリズム・テンポ、強弱、感情などをイメージして振り始めるのだが、奏者がそれに付いてきていないのが原因。奏者も音楽を始めるときには指揮者と同じようにその曲のリズム・テンポ、強弱、感情などをイメージしてメンバーの気持ちを一つにして音楽に臨まなければいけない。曲の出だしの1音目から音楽になっているのが良い演奏といえる。たまには演奏者も指揮をしてみるといいと思う。イントロの後にメロディの入る場合はイントロの段階で曲のイメージを作り込んでおく。

 歌の例はアンドレリューのオケをバックにミュージカルエビータからアルゼンチンよ泣かないで!(Don't cry for me Argentina )を歌うSuzan Erens.

アンサンブルでは音の出だしは聴衆に分からないくらいのきっかけで始めたい。これは訓練が必要だ。曲のイメージ作りと集中力がポイントだろう。合奏では指揮者がタクトを構えたときの音楽に対する演奏者の構えで決まる。これには普段の練習で習慣づける必要がある。指揮者は1,2,3,4などと声でカウントしないで、アインザッツで振り始めること。

 ジャズやポピュラーの出だしでワン・ツー・ワンツースリーフォーなどとカウントして入るのを聞くことがあるが、これもなるべく少ないカウントの方がスマートだ。多いカウントはリズム・テンポの入りに自信のない現れとなってしまう。スタジオでは4拍子の曲でもワン・ツー・スリーとカウントを取ってもフォーは言わない。これはレコーディングの入りのため。

 時々足でリズムをとっている人がいるが、そのリズムはほとんどメトロノームのように均等では無く、アンサンブルの人達と合ったリズムでもない。これは周りに迷惑となるので、リズムは耳で聴いて自然に合わせるようにしたい。(YOUTUBEの例はオーストラリアのマンドリニストマリッサ・キャロルとジョエル・ウッズのギターによるによるパガニーニのソナタ

演歌と唱歌

 日本の歌謡曲は演歌系と唱歌系に大きく区分される。演歌は浄瑠璃の流れをくむ新内節、常磐津節、富本節、宮薗節などがベースと思われる。また三味線音楽の清元や長唄の流れをくむ小唄や、河内音頭など各地の民謡の流れもあり、時代とともに変化しているが、演歌系では楽譜には通常書かれないこぶしやしゃくりなどがあり、喉をしめるような歌い方を、民謡では西洋の唱法のように喉をあけて大きく歌う。

 一方、唱歌は明治以後に西洋音楽が入ってきたのと同時にとりこまれた西洋的な発声法で、ドイツリートやベルカント唱法などを模範として、どちらかといえば音程を正確にとり、口を大きく開けて歌う唱法である。また演歌ではペンタトニック・スケール(5音音階)を基本としてハーモニーは考えないが、唱歌ではハーモニーも重要な要素となっている。J-POPやグループサウンズもこの系統と考えられる。マンドリン合奏では幅広いジャンルの曲を取り上げることが多いが、それぞれのジャンルの曲の特徴をつかみ表現することが大切だろう。YouTubeの例はジュリエット・グレコのシャンソン

良い演奏と悪い演奏

 ギタリストで宇都宮大学マンドリンクラブ常任指揮者でもある西村洋さんの「音楽とギター」のコラムに良い演奏と悪い演奏というのがある。その中の悪い演奏の例は下記のようだという。

 

1;音が悪い。美しくない。
2;演奏に活気が無い。死んだようである。
3;技術上のミスが多い。音があいまい。
4;テンポが曲に合ってない。
5;リズムが重たい。聴いていて疲れる。
6;退屈で、眠たくなってしまう。
7;顔の表情がいや。体の動かし方が気になる。大げさ。
8;自己陶酔型で、伝わらない。
9;指のテクニックをひけらかすようで、嫌みな感じがする。
9;高慢な感じがあり、不快である。

 

この原因のひとつにリズムの重さがあるという。そうならないための注意点が下記。
 ・符点音符の次の音符は、弱め、短めにする。
 ・下拍、上拍の違いを認識する。
 ・シンコペーションは、アクセントが移動するだけでなく、上拍として演奏されること。
 ・スタッカートとアクセントは別のもの。混同しないこと。
 ・音が出し終わった後、指の力が抜けること。

 

更に、似て非なるもの、リズム編として
若々しいリズム・・・・・幼いリズム
重厚・・・・・・・・・・重苦しい、息切れする
溌剌、軽やか・・・・・・軽薄
 心地いい・・・・・・・・眠くなる、とらえどころが無い
興奮、情熱・・・・・・・粗雑、乱暴

 

演奏に当たって参考になると思われます。

参考までに Avi Avital と Ksenija Sidorova のアコーディオンによるブダーシキンのマンドリン(ドムラ)コンチェルトとバンドリン合奏のキャリオカの夜そしてウクレレですが、1989年ハワイ・ホノルル生まれの TAIMANE GARDNER のバッハのトッカータ演奏を紹介しておきます。

 曲想設定例