ワルシャワ(ワルソー)の思い出 Souvenir de Varsovie S.ラニエリ

Silvio Ranieri

ラニエリの生い立ち

 マンドリンの名手として知られているシルヴィオ・ラニエリ(1882年ローマ -1956年ブリュッセル)は1882年にローマで生まれる。15歳の1897年に最初のコンサートを行ない、その後ヨーロッパへ演奏旅行に行き各地で絶賛されている。1901年にラニエリはベルギーの首都ブリュッセルに移った。1905年にブリュッセルで作成された珍しい78 RPMのレコードが残っている。それはジャンガブリエルマリーとルイガンネによるマンドリンとピアノの曲やピエトロマスカーニの有名なカヴァレリアルスティカーナの間奏曲など。

 ラニエリはマンドリン音楽をクラシック音楽でのバイオリンの地位まで高めたいと思って活動し、1920年代でのマンドリンの人気を高めることに貢献した。彼は常にマンドリンのストラディヴァリといわれたルイージ・エンベルガーの製作したマンドリンで演奏していた。

エンベルガーでの逸話

 ある時、ラニエリはローマでエンベルガーの店を訪問した。そこで1900年にパリで金賞を取った楽器を試奏した。ラニエリはその楽器を購入したいと言ったが、エンベルガーから販売用ではないと断わられた。ただし、夜のリサイタルで演奏しても良いことになった。

 リサイタルが終わってから、エンベルガーはラニエリに近づき、彼にその楽器をプレゼントしたという。画像はロシアのサンクトペテルブルク劇場音楽博物館のコレクションに納められている、同型のマンドリーノアルティスティコ1900年モデルNo.8。響板が2枚になっているようだ。

芸術活動

 ラニエリはマンドリンだけではなくギターも演奏した。ブリュッセルの図書館でバッハのリュートのための楽譜を収集しベルギーで最初の演奏家となっている。また、マンドリンの教則本も書いている。

 彼は指揮者としても才能があり、有名なプレクトラオーケストラのラ・グランデ・ハーモニーを数年間指揮し、音楽監督を務めた。また交響楽団で指揮することもあった。図はラニエリによるギター教則本

主な作品

 最も知られているのはマンドリンとギターの「バーレスカBurlesca※」だろう。この曲は「サンレモのグレートインターナショナルコースに参加しているマンドリン奏者とギタリストに捧げる」と記され、Il Plettroから1935年に出版されている。テンポが速くマンドリン、ギターとも技術を要する曲といえる。

 その他、ハイドンの主題による変奏曲、マンドリン協奏曲ニ長調、夏の唄、子守唄、ワルシャワの思い出、夢、メヌエット、ハンガリー風セレナーデなどがある。図はラニエリのカルテット

※バーレスカはバーレスク、ブルレスカ、ブレスカともいい、真面目な仕事のやり方や精神を風刺したり、主題をグロテスクに扱ったりすることで笑いを誘うことを目的とした、文学、演劇、音楽の作品。

ワルシャワ(ワルソー)の思い出 Souvenir de Varsovie

 原曲はマンドリンとピアノまたはギターの伴奏譜として1911年に作曲され、ポーランドの門弟レオン・サヴィッキーに贈った。Attilio Campanini や中野二郎によりマンドリンオーケストラ曲として編曲されている。この曲のピアノまたはギターはソロマンドリンの伴奏というより2重奏であり、編曲により各パートが活躍するオーケストラ曲になっている。なお、ギター伴奏の場合、楽譜によっては6弦をEからDに下げるようになっている。

 曲の構成は序奏-主題-3つの変奏である。始めに序奏のシャンソン・トリステ Chanson Triste 悲しい唄がト短調で奏される。次に主題としてポーランドの舞曲クラコヴィアク krakowiak が明るく軽快なト長調で奏される。クラコヴィアクは突き踊りとも呼ばれ、シンコペーションが特徴的な速い2拍子の舞曲である。その後2/4のまま、やや速度を上げ第1変奏となる。第2変奏は Adagio でゆっくりした歌謡風の曲だがマンドリンのカデンツァも入るなど変化に富んでいる。第3変奏は情熱的なマズルカで最後は劇的に終わる。画像は Wikipedia よりポーランド、※クラクフの舞踏家

 

<参考>ワルシャワは現在でこそポーランドの首都だがラニエリが「ワルシャワの思い出」を作曲した1910年前後のポーランドは独立できず、周辺諸国のロシアやプロイセン、オーストリアなどに圧迫されていた。第一次世界大戦の勃発とロシア革命により1918年に独立を果たすが、その後も不幸な歴史は続き、ワルシャワが民主化したポーランド共和国の首都となったのは1989年9月7日の事である。

※クラクフはポーランドの古都で、クラコヴィアク発祥の地。ユダヤ人が多く暮らしていたが、1940年5月からユダヤ人退去が行われた。ドイツ占領下の1940年から1945年にかけてシンドラーのリストで有名なクラクフゲットー(ユダヤ人居住地区)や郊外にはアウシュヴィッツ強制収容所が作られ、最大級の犠牲者を出した。

編成 マンドリンとピアノまたはギター

 中野二郎版の編成はソロマンドリン、マンドリン1,2部、マンドラ、マンドロンチェロ、ギター、マンドローネおよびコントラバス、グロッケンシュピール、ティンパニ

演奏時間 約8分